球団と喧嘩してクビになった野球選手 [ 中野渡進 ]
球団と喧嘩してクビになった野球選手 [ 中野渡進 ]

広島野球ブックフェアのトークのなかで、この著書の構成を担当された村瀬秀信氏が「もつ鍋わたり、閉店しました!」の大スクープをしたことで、同イベントが伝説の香りをまとうことになったのは記憶にあたらしいところ。
残念なことに会場が旧広島市民球場跡地ということでカープファンがほとんど。
「なかのわたり」でリアクションがなかったのは惜しまれるが…。

それはさておきもつ鍋 、じゃなかった同書。
とにかく破天荒に面白い。

同じ鍋の具をつついた選手たちのエピソードだ。
喜怒哀楽に開く鼻の穴の大きさから、ベンチでの腋臭の強弱までがリアルに伝わってきそうなのはもちろん、はらわたぶちまけたように活写される人物描写が絶品。

そのなかであえてひとりあげるとすれば、小宮山悟氏か。

千葉ロッテマリーンズからFAでベイスターズに移籍してきたときの彼と、数年(いや1年限定か)しかベイスターズで活躍できなかった中野渡氏は、運命の綾にからめとられたかのごとく同チームでピンポイントで出会うことになった。

そして、展開することになったふたりの珍妙で愉快なるバトル…

厳しい勝負の世界に身をおいた男たちにしか築くことのできない、えもいえない上下関係と友情。
抱腹絶倒の合間に嫉妬、しっと。嫉妬しながら抱腹絶倒の連続ですって。

いやー野球って、ほんといいっすね。

歯に衣着せぬ「禍の口」のために球団を追われた中野渡氏。
禍の「示偏」を「金偏」に変えてもつ鍋でがんばっていたのが、こんどは「金」が「辶」になって、もつ鍋は過去になっちまったようですが、また別な世界に身をおいても「禍の口」で私たちを楽しませてほしいものです。

追記 この記事を投稿したとほぼ同じ時刻に中野渡氏に関する村瀬氏の消息記事がアップされてました。http://number.bunshun.jp/articles/-/821373

天才なのに消える人凡才だけど生き残る人 [ 小宮山悟 ]
天才なのに消える人凡才だけど生き残る人 [ 小宮山悟 ]

屋上野球 VOL.2[本/雑誌] / 編集室屋上
屋上野球 VOL.2[本/雑誌] / 編集室屋上

広島野球ブックフェアの開催に合わせて刊行された「屋上野球」の創刊2号です。
去年の10月21日に発行された創刊号ともどもあらためて読み返してみて、「野球場を離れて、これほどに野球が語れるものなのか…」というおもいを強くしました。

さらに執筆陣の野球に対する、偏愛ともいえる執着ぶりがひしひしと伝わってきて、それはそれは鳥肌が立つような恐怖に似た感情すらかきたててくれます。(笑

執筆者は多士多才。語る内容も十色ですが、「野球場を離れてこそ野球は語れるのだよ」と、だれも彼もが、どの記事もコラムもがそう訴えてくるようです。

「いまぼくたちが野球場で目にしているのは実は本物の野球ではなく、テレビを通して見せられているのは捏造された野球(創刊号で高橋源一郎氏がいみじくも語っています)なのではないか?」

そんな“正しい野球観”を涵養してくれる雑誌だ。

100ページに満たない小冊子のなかに、野球神話の未知のエピソードが散りばめられている。


 

広島野球ブックフェアの「野球俳句まるしぇ」ブースでは「野球」をお題に作句されました。
以下にそのときの作品をご紹介します。
ナイターは勝敗よりもビールかな  サブロー 鯉幟頬膨らませ逆立ちか  熊水 父と来たあの球場に夢の跡  ゆき丸 生ビール直球ぴしゃり風を切る  翔女 かっ飛ばせあの旱星(ひでりぼし)打ち砕け  なずな 助っ人がぱこんと打てば寅が雨  稲穂 ファンファーレ立って座って赤い波  輪花 当たらない日本記録の扇風機  変恋            以上



三島由紀夫がスポーツオンチだったことは衆知のことだろう。

ボディビルや剣道には打ち込んで、豪勢な肉体と剣道七段という高段位は得ていたが球技はからっきしだめだったようだ。

たぶん幼少期に運動をしなかったせいで、からだの内奥からリズムを生み出すことができなかったのだろう、スポーツはもちろん歌を唄っても演技をしてもぎこちなさがぬけることはなかった。

あるインタビューで「望む物は?」ときかれて「剣道七段の実力がほしい」と答えてもいるから、剣道の段位もあやしいものだったのだろう。

作品のなかにボクシングについて語る場面は散見されるが、野球となるとほとんど記憶がなかった。(といって、それほど氏の作品を読んでいるわけではないが)

たぶんほとんど興味はなかったのだろう。
時代の寵児として長嶋茂雄とグラビアで対談なんてことはあったようだが、それがきっかけで竹刀をバットに代えて素振りをはじめるようなことはなかった。

その三島が「詩を書く少年」という作品のなかで野球について語っていた。
学習院時代の、まだ彼が「詩人であったころ」のことを書いた小品だ。

該当部分をすこし引用してみよう。

附属戦という野球の試合が、春秋二回、学習院の中等科と附属中学との間に戦われたが、学習院側が敗北を喫すると、試合終了後、泣きじゃくる選手たちを囲んで、応援の後輩たちも一緒に泣いた。彼は泣かなかった。すこしも悲しくなかったのだ。
『野球の試合に負けたからって、何が悲しいんだろう』と、彼は思った。その泣いている顔は、彼の心の遠くにあった。


なんとそっけないことだろうか。
「野球のどこが面白いんだろう」と、三島はいっている。あんなスポーツに一喜一憂する気が知れない。そうもいっているようだ。

しかし、ここで三島は野球を物語りの伏線に使っていた。
万人に愛されている野球を、じぶんは愛してはいない。じぶんの感受性はことごとく他人とはちがう方向に向かっていている。
その優越感とも寂しさともつかない、級友と折り合いのつかない詩人的な感覚を三島は野球という小道具を使って書いた。

そして、エンディング…

戸外は少しずつ暮れかけていた。野球部の練習の喚声がきこえ、バットに当たった球が大空へ弾ける刹那の乾いた明快な音がひびいた。
『僕もいつか詩を書かないようになるかもしれない』と少年は生まれてはじめて思った。しかし自分が詩人ではなかったことに彼が気が附くまでにはまだ距離があった。


ここで三島はふたたび興味もないはずの野球を持ち出している。そしてバットがボールを叩く
乾いた打球音を、詩を書く詩人がいつか詩人でなくなることを予感する契機に使っている。
しかもその予感は、大空にひびく明快な音とともに開放的なこととして…

野球というスポーツが秘めた霊的な魅力を、三島はとうに知っていた。
ただ三島は、それを遠くから眺めているしかなかったのだ。 (ほ)
     





 

広島野球ブックフェアのブログをはじめました。

野球を「読む」「知る」「語る」をテーマに、日々スタッフが更新していく予定です。

先に行われた「広島野球ブックフェア」の成果についても、随時ご報告いたします。
お楽しみに!

↑このページのトップヘ