三島由紀夫がスポーツオンチだったことは衆知のことだろう。

ボディビルや剣道には打ち込んで、豪勢な肉体と剣道七段という高段位は得ていたが球技はからっきしだめだったようだ。

たぶん幼少期に運動をしなかったせいで、からだの内奥からリズムを生み出すことができなかったのだろう、スポーツはもちろん歌を唄っても演技をしてもぎこちなさがぬけることはなかった。

あるインタビューで「望む物は?」ときかれて「剣道七段の実力がほしい」と答えてもいるから、剣道の段位もあやしいものだったのだろう。

作品のなかにボクシングについて語る場面は散見されるが、野球となるとほとんど記憶がなかった。(といって、それほど氏の作品を読んでいるわけではないが)

たぶんほとんど興味はなかったのだろう。
時代の寵児として長嶋茂雄とグラビアで対談なんてことはあったようだが、それがきっかけで竹刀をバットに代えて素振りをはじめるようなことはなかった。

その三島が「詩を書く少年」という作品のなかで野球について語っていた。
学習院時代の、まだ彼が「詩人であったころ」のことを書いた小品だ。

該当部分をすこし引用してみよう。

附属戦という野球の試合が、春秋二回、学習院の中等科と附属中学との間に戦われたが、学習院側が敗北を喫すると、試合終了後、泣きじゃくる選手たちを囲んで、応援の後輩たちも一緒に泣いた。彼は泣かなかった。すこしも悲しくなかったのだ。
『野球の試合に負けたからって、何が悲しいんだろう』と、彼は思った。その泣いている顔は、彼の心の遠くにあった。


なんとそっけないことだろうか。
「野球のどこが面白いんだろう」と、三島はいっている。あんなスポーツに一喜一憂する気が知れない。そうもいっているようだ。

しかし、ここで三島は野球を物語りの伏線に使っていた。
万人に愛されている野球を、じぶんは愛してはいない。じぶんの感受性はことごとく他人とはちがう方向に向かっていている。
その優越感とも寂しさともつかない、級友と折り合いのつかない詩人的な感覚を三島は野球という小道具を使って書いた。

そして、エンディング…

戸外は少しずつ暮れかけていた。野球部の練習の喚声がきこえ、バットに当たった球が大空へ弾ける刹那の乾いた明快な音がひびいた。
『僕もいつか詩を書かないようになるかもしれない』と少年は生まれてはじめて思った。しかし自分が詩人ではなかったことに彼が気が附くまでにはまだ距離があった。


ここで三島はふたたび興味もないはずの野球を持ち出している。そしてバットがボールを叩く
乾いた打球音を、詩を書く詩人がいつか詩人でなくなることを予感する契機に使っている。
しかもその予感は、大空にひびく明快な音とともに開放的なこととして…

野球というスポーツが秘めた霊的な魅力を、三島はとうに知っていた。
ただ三島は、それを遠くから眺めているしかなかったのだ。 (ほ)