カテゴリ: 高校野球

佐賀北の夏 [ 中村計 ]
佐賀北の夏 [ 中村計 ]

勝てません。

これでカープネタでは、前田、大瀬良、野村3投手の「勝てません」3連発になってしまいました。

きのうの対ヤクルトスワローズ戦で先発した野村祐輔投手は、
攻撃陣に足を引っ張られて自責点0で負け投手。これで6試合連続の未勝利だとか。

「ズムスタには疫病神が潜んどる!」
きのうの野村投手は、そんな泣き言のひとつもいいたかったんじゃないでしょうか。

なんでもないイージーゴロはトンネルに、送球すれば天ぷら暴投のキラに足元をすくわれ、彼の前を打つエルドレッドは、あいもかわらぬ舶来の大型扇風機。

リスキーな外人頼みのいびつなチーム編成の犠牲になったといっても過言ではない野村投手。同情を禁じ得ません。

同情といえば、つい思い出してしまうのが2007年夏の甲子園。決勝戦での野村投手の悲運です。

すでに高校生離れした卓越したピッチング技術を持っていた野村投手は、まずは順当に勝ち上がっていきます。

  1回戦 駒大苫小牧 5対4
  2回戦 東福岡  14対2
  3回戦 聖光学院  8対2
 準々決勝 今治西   7対1
  準決勝 常葉菊川  4対3

これがその足跡。

そして、佐賀北高校が相手となった決勝…

野村投手は7回まで被安打1本、もちろん失点0とほぼ完璧に佐賀北打線を抑えていました。

一方の広陵打線は2回に2点、7回に2点を加点して4対0のスコア。
あの“魔の8回”が来るまでは、野村投手の勝ちを疑ったファンはほとんどいなかったでしょう。

ところがその8回裏。野村投手は簡単に1アウトを取ったものの、次打者にライト前にヒットが出たところで、スタンドの雰囲気が一変してしまいました。

甲子園の「公立びいき」もあったのでしょう、それまで
接戦、延長戦を制して勝ち上がってきた佐賀北に「ドラマの匂い」を感じたこともあったのでしょう、甲子園は佐賀北への応援一色。
たった1本のヒットをきっかけに、怒濤のような拍手と歓声でアルプススタンドが揺れはじめました。

ある解説者が「声援が風圧になって押し寄せて来て倒れそうだった」というほどのプレッシャー。それが野村投手に襲いかかったのでした。

一球一球に沸き立つスタンド。
その声援のプレッシャーに制されたかのように、微妙なコースを突く野村投手のボールに、主審の右手は上がりかけては止まってしまいます。

根負けしての四球、そして苦し紛れに投げた甘いタマは痛打され、最後には
逆転満塁ホームランをアルプススタンドに運ばれるしまつ。
目の前に勝利の女神が微笑んでいた天国から、またたく間に地獄に突き落とされてしまいました。

でもあの日の苦い経験が、いまの野村投手の血肉になっていることはまちがいないでしょう。

勝ちに喜びがあるように、負けには学びがある。
そして夏が過ぎれば、またあらたな夏がやって来る…

そういえばきょう、その野村投手の母校広陵高校が第4試合で甲子園の土を踏むことになっていますね。


 

スローカーブを、もう一球 角川文庫 / 山際淳司 【文庫】
スローカーブを、もう一球 角川文庫 / 山際淳司 【文庫】

「スローカーブを、もう一球」は、1990年代にスポーツジャーナリズムのあらたな地平を切り拓いた山際淳司のデビユー作「江夏の21球」他7編の秀作を含む短編集。

「それは夏の出来事だった。
 夏でなければ起きなかったかもしれない。夏は時々、何かを狂わせてみたりするのだから。」

作品のひとつ「八月のカクテル光線」の一節だ。

甲子園球場で熱戦がくりひろげられているいま、味わい深くこのフレーズがしみいってくるようだ。

「八月の〜」は1979年夏の甲子園に材を取っている。
いまも語りぐさになっている3回戦の和歌山県箕島高校と石川県星稜高校戦。
死闘をくりひろげながら延長にもつれこんで、もはや神の領域にまでいってしまったかのような緊迫したゲームで生起した凡ミスにフォーカスした作品だ。

3対2で星稜高校リードで迎えた延長16回裏、アウトカウントは2アウト。
ここで箕島高校のバッターがなんでもないフライを一塁側ファウルグラウンドに打ち上げた。

打球を追った一塁手が、なんなく捕球してゲームセット。そして星稜高校が、この死闘を制するはずだった。

ところが、すでに神の領域に入っていたゲームで、なにものかがささいないたずらをしたのだろうか、一塁手は足元をすくわれて転倒し、捕球しそこなってしまう。

このひとつの凡ミスで一瞬にしてゲームは潮目を変え、最終的にはその時点とは180度ちがったベクトルでエンディングに飛び込んでしまうことになる。
ミスに救われたバッターは、ここで生涯はじめてのホームランをレフトスタンドに打ち込み、ゲームは振り出しに。結局、星稜は最後の最後で箕島に突き放されて惜敗してしまう。

あのときの光景は甲子園のアルプススタンドを埋めた何万人もの観衆が目撃していた。それからの展開はテレビ中継に釘づけになっていた何千万人が見守っていた。

しかしその光景と、それからの神がかったクライマックスは、グラウンド上でのひとつの劇的な出来事としてひとびとの脳裏に刻まれたにすぎない。

それを山際は錬金術のごとく、ひとつの伝説へと昇華することに成功している。

あのときグラウンドにいた選手たちはもちろん、ベンチで固唾をのんで見守っていた監督、さらには試合を司っていた審判に取材して、山際は出来事の背景を丹念にさぐっていく。

それでも、
その道行きで筆者の視線は優しい。
だれに何を語らせても、いつも彼の視線はミスをした選手にそそがれているのだった。

気にすることはない。
「すべては夏のしわざ、夏がひき起こした出来事なのさ」




 

【送料無料】 逆境を生き抜く力 / 我喜屋優 【単行本】
【送料無料】 逆境を生き抜く力 / 我喜屋優 【単行本】

颱風で開会が順延となっていた夏の甲子園大会が、ようやく初日を迎えた。

参加3917校の頂点に立つのは果たしてどこなのか、そこにいたるまでにどんなドラマが生まれるのか、いまから興味はつきない。

甲子園を勝ち抜いて優勝の栄冠を勝ち取るのは並大抵のことではない。
そこには選手個々の技術とその総体としてのチーム力が問われるのはもちろんだが、一球一球に勝敗の綾が交錯する野球というゲームでは運も大きなファクターとなる。

しかし意外に大切なのがグラウンドを離れた日々の生活の実践であることを、この
「逆境を生き抜く力」は、あらためて教えてくれる。

いうまでもなく高校球児もひとりの人間として朝目覚め、食事をし、他人と接し、社会という枠組みのなかで生きている。
したがって、そのひとつひとつが練習態度に、試合の集中力に、そしてグラウンドでの精神力に直接間接にかかわってくる。

著者は2010年に沖縄興南高校野球部を率いて甲子園の春夏連覇という偉業をなしとげている。
しかし、その偉業をふりかえるのに、景気のいい話はほとんどでてこない。
日々の生活の大切さを論じる記述がほとんどだ。

早寝早起き、食事の大切さ、時間厳守、朝の散歩、挨拶の励行、整理整頓…と、野球本というより道徳教育のそれかと見まがうほどだ。

北海道のクラブチームの監督から38年ぶりに母校の興南高校に転身したとき、部員の日常の生活はまったくなっちゃいなかった。もちろん甲子園など現実離れした遠い話。そのとき興南高校は24年間も甲子園の土を踏んでいなかった。

それが著者が赴任して3か月後には、夏の甲子園の切符を手にしている。
そして3年後には春夏の連覇。
この実績を前に、日々の生活ぶりの大切さを語る著者の“訓示”にはうなずかざるをえない。

スキルは短期間に飛躍的に向上することはない。
しかし身近な生活態度から変えることで、すんなりと甲子園への道が拓けたというわけだ。

「いま逆境にあるひとたちへ」
それがこの著書の主たるテーマでもある。

著者は
“野球不毛の逆境”の地、沖縄の高校球児として甲子園に出場しベスト4まで勝ち上がった。
そして卒業後に大昭和製紙の野球部に籍をおくものの、レギュラーどころか試合にも出られない日々という逆境にさらされることになる。

練習を工夫してようやく試合に出られるようになったと思う間もなく、大昭和製紙北海道に“左遷”されてしまう。
またもや野球不毛の土地。

「雪の中をランニングすると、汗が凍ってツララ状になる。靴ひもが凍って、なかなか解けない。手先や足先は、次第に感覚がなくなってくる」
そんな北海道だ。

しかしその逆境、ハンデの前にひれ伏すのではなく、著者はそれに立ち向かい、逆に喜びにかえるという魔法を発見する。

雪が積もったら屋外で練習なんかできない。そんな常識なんかクソくらえだ。(著者はこんな下品な表現はしていないことをお断りしておく)
雪が積もれば雪かきをして練習をする。雪かきも立派なトレーニングだ。
ランニングだって守備練習だって、長靴を履けばできる…と。

長靴履いてのランニング。なんとも愉快ではないか。
一般的にトレーニングは効果を増すために、わざわざ負荷をかけてする。
しかし“逆境の北海道”は、はじめから負荷だらけなのだから恵まれている。
とまあそんな発想だ。

その昔「でっかいどー、北海道!」なんていう、なんともな投げやりなコピーがもてはやされたことがあったように記憶しますが、それにならって
「ぎゃっきょーじゃー、北海道!」

「逆境を、逆手にとろう!」ということです。

こんな著者に引っ張られるように、ユニークで効果的なトレーニングを積んだ大昭和製紙北海道は1974年に都市対抗野球大会で優勝。北海道にはじめて黒獅子旗を持ち帰っている。

そういえば“野球不毛の地”だったはずの北海道、近年は高校野球でも目覚ましい活躍ぶりだ。駒大苫小牧が甲子園で優勝したりと、覚変は著しい。
その野球史の変遷の裏に、この著者がいたとは…。

逆境にあるものに勇気と希望を与えてくれる同書だか、野球不毛の地だった沖縄および北海道がいかにして“野球王国”へと変貌したか。
そんなアマチュア野球概史を読んでいるかのような醍醐味も味わえる。

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